1. ホーム
  2. 投資用語集
  3. みずほフィナンシャルグループ

投資用語

投資の鉄人がみずほフィナンシャルグループについて詳しく解説

みずほフィナンシャルグループとは?

みずほ銀行、みずほコーポレート銀行を中核とするグループです。
第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行を前身とします。

第一勧業銀行は1971年、第一銀行と日本勧業銀行の合併で誕生しました。
当時日本最大の総資産を 誇った富士銀行を抜き、規模では都銀首位となりましたが、旧第一派と旧勧銀派の融和は進みませんでした。
「対等合併」を気にする余りの非効率的な人事や経 営が取られ、その体力は規模ほどには強くはありませんでした。1997年には野村證券とともに、総会屋への利益供与で本店が家宅捜索を受け、社会的イメー ジは決定的に悪化しました。富士銀行は安田財閥の中心であった安田銀行が、戦後の解体で改名したものです。長らく都銀の名門でしたが、1970年代から地 盤沈下が始まります。
営業を積極的に押し進める住友銀行に対抗し、富士住友戦争と呼ばれる熾烈な貸出競争に走りましたが、最終的にはほぼ敗北。その上、こ れがバブル期に重なり、多額の不良債権ばかりが残る結果となりました。
加えて同時期、親密だった山一證券が破綻、系列の安田信託銀行も経営が不安定となり ます。安田信託を子会社化し再建を図りますが、富士独力では限界があり、第一勧銀傘下の第一勧業信託銀行と富士傘下の富士信託銀行が合併。これに安田信託 銀行の業務の一部を譲渡しました。
ここで第一勧銀と富士に関係が生まれ、みずほグループ誕生の契機となります。
1999年、この2行に日本興業銀行が加わ り、みずほフィナンシャルグループの設立が発表されました。興銀は長期信用銀行の雄として名を馳せ、バブル期には日本企業の時価総額で第1位(すなわち全 世界でも第1位)の座にありました。しかし、その重厚長大産業を主要顧客とした長期融資の時代はもはや終わりを告げ、同じく長信銀の日本長期信用銀行(長 銀)、日本債券信用銀行(日債銀)は既に破綻。
予断を許さない状況の中、政府金融当局の意向も働いたとされ、第一勧銀・富士に身を委ねる形となりました。
 参加行に注入された公的資金は3兆円近くに達し、2002年にはみずほ銀行発足直後にATM障害が発生、総会屋事件を引きずる顧客情報流出など、当初のイ メージは芳しくありませんでした。
りそな・UFJとともに国有化が噂され、取引企業を引受先とする1兆円の巨額増資を行い、2002年から2003年にか け冬の時代でした。しかし結果的に増資は功を奏し、その後見事にV字回復を遂げることになります。
株価は底値から18倍近く上昇し、2006年には公的資 金を完済、財務は三菱UFJ以上の優良体質となりました。
東証1部上場企業の7割と取引を持っており、旧興銀のノウハウを活かしたコーポレートファイナン スに強みを持ちます。一方、リテールの収益性が依然として低いのが課題といえます。

関連する投資用語集

↑このページのトップに戻る

イートレード証券口座開設をお考えの方へ

ダイレクト年金e-VA

投資の鉄人メールマガジン登録

メールアドレスを入力の上登録ボタンをクリックしてください。

Copyright (c) Global Trust LLP. All rights reserved.