投資用語
投資の鉄人が三菱UFJフィナンシャル・グループについて詳しく解説
三菱UFJフィナンシャル・グループとは?
前身の1つ、三菱東京フィナンシャル・グループは東京三菱銀行(東京銀行と三菱銀行が1996年に合併)を中核としたグループです。
三菱銀行時代から「官僚的な行風」とされ効率性には乏しい反面、堅実な財務体質で知られ、「安定性」が何より重視された金融不安の時期には最優良都銀と目
されていました。
他行の金融持株会社による多角化に触発され、2001年、系列の三菱信託銀行、日本信託銀行とともに「MTFG」を設立しました。一方も
う1つの前身、UFJホールディングスは、UFJ銀行を中核としたグループです。
もとは東海銀行とあさひ銀行の合併が構想されていましたが、ここに上位都
銀では再編出遅れ組だった三和銀行が参加しました。当初東海・あさひが地域密着型でリテール中心の事業モデルを志向していたのに対し、三和はコーポレート
ファイナンスや海外業務も総合的に手がける「マネーセンターバンク」を目指していました。こうした意見の相違や、埼玉銀行を前身とするあさひが、大阪地盤
の三和に主導権を取られることを嫌ったこともあり、最終的にあさひは計画から離脱。三和系列の東洋信託銀行を交え、2001年「UFJ」を旗揚げしまし
た。しかしながら、積極的な体質の三和がバブル期に築いた不良債権は大きく、他のメガバンクが経営改善を進める中、取り残された状態となりました。
2003年には金融庁検査における不良債権隠しが発覚し、傘下のUFJ信託銀行を住友信託銀行に売却すると発表。
それでもなお解決は見込めず、三菱東京に
救済合併される形となりました。
UFJの救済役には後から三井住友フィナンシャルグループも名乗りを上げたが、競り負けました。
この結果、総資産で世界最
大の三菱東京UFJ銀行を中核とする三菱UFJフィナンシャル・グループが誕生しました。旧三菱・東海・三和がそれぞれ首都圏・東海圏・近畿圏を地盤とし
3大都市圏をカバーする上、旧東京銀行は海外業務に力を持ち、全体的なバランスは非常に優れています。反面、行風も地盤もまったく異なる銀行同士の寄り合
い所帯とも言え、これらがどのように融和されるかが課題といえます。
